私の住んでいるところは海の近く。
ほんのり潮の香りがする早朝の散歩道。
まだ人通りの少ない時間帯を選んで歩くのが、最近の私のちょっとした習慣になっています。
誰かに
「あの人、何をじろじろ見てるんだろう」
と思われることなく、古い家々の窓をゆっくり観察できるのが、この時間の特権。
スマホを片手に、気に入った風景やものを撮影する。
そんな朝の静かなひとり時間が、今の私には何よりの贅沢です。
その日も、家の近所の街並みをのんびり歩いていました。
普段は自転車で通り過ぎていくだけの場所。速度が違うだけなのに、素敵なものに出会いました。

朝日がくれた、思いがけないプレゼント
角を曲がったとき、私の中の
「昭和ガラスセンサー」
が働き、反射的に足が止まります。
目を向けると、そこには今はもう誰も住んでいない、古い家の窓。
潮風と年月で少し傷んだ木の窓枠の中に、朝の斜光を受けてまばゆく輝く一枚のガラス。
「なんだろう。初めて見る…」
近所を歩き回っていると、昭和の型板ガラスにはちょくちょく出会います。
よく見かける「銀河」や「夜空」、たまに「みどり」。
でもこの模様は、どこかで見たことがありそうで、見たことがない。
結構個性的なデザインだ。曲線と直線が複雑に絡み合い、なんとなくエキゾチックな空気を漂わせている。
私は、ゆっくり近づいて、写真を撮りました。
昭和ガラス「アラビヤン」〜セントラル硝子製
帰宅して調べてみると、すぐにわかりました。
このガラスの名前は、「アラビヤン」。
セントラル硝子が1970年代に製造した型板ガラスのひとつ。
アラビア文字をモチーフにした、曲線と幾何学の個性的なデザインが特徴です。
名前を知った瞬間、「ああ、そうか」と納得しました。
でも、「アラビアン」ではなく「アラビヤン」なのが気になります。
その国の発音をそのまま活かしたのでしょうか。
型板ガラスのくわしい記事はこちらです。

廃屋の窓が語ること
誰も住まなくなったその木造家屋の壁や窓枠は、長い年月と塩気をたっぷり含んだ海風に耐えて、
あちこちがくすんでいました。
でも、そこにはまっているアラビヤンだけは、朝日を受けてまだしっかりと輝いていました。
ガラスに映り込んだ朝の光。模様の一つひとつが立体的に浮かび上がって、まるでこのガラス自身が
「私はここにいるよ」
と語りかけてくるみたいでした。
家に帰り、カメラロールのアラビヤンを眺めながら、私は少しだけ胸が痛くなりました。
この家がいつ取り壊されるかはわからない。
でも今日、この瞬間、私はここでこのガラスに会えた。
それだけで十分だと思いながら、シャッターを切りました。
近所でこのアラビヤンを見かけたのは、今のところこの一軒だけ。
型板ガラスの中でも、とりわけ希少な模様らしい。
だからこそ、出会えたことが嬉しくて。
日常という名の宝石箱
散歩から帰って、撮影したアラビヤンを私のスマホの中の昭和ガラスアルバムに収める。
とてもいい収穫だった。
特別な場所に行かなくても、私の家の近所には、こんな出会いが日常の道端に転がっている。
ただ、少しだけ足を止めて、ゆっくり見渡す。
今まで見えていなかった景色が見えてくる。
型板ガラスに魅せられてから、散歩がもっと好きになった。
いつもの道が、宝探しのルートに変わったみたいで。
潮の匂いをかいで、朝の空気を深く吸い込みながら歩く。
そのついでに、光の中で輝く昭和の欠片に出会える。
それがどれほど、豊かな時間か。
同じような街に暮らす皆さんにも、ぜひ一度、窓ガラスに目を向けてみてほしいな、と思います。
思いがけない美しさに、きっと出会えるはずです。

