はじめに:相島で再会した、あの頃の「ばら」
先日、猫の島として知られる相島(あいのしま)の集落を歩いていたときのことです。
古い民家の窓に、懐かしい模様を見つけました。

石目調の背景に、可憐なバラの花が静かに散るデザイン。
そう、昭和型板ガラスの代表格、「ばら」です。
これまでも空き家や、生活感のあふれるキッチンの窓で見かけたことはありましたが、
撮影の機会には恵まれませんでした。
今回出会ったのは、客間か仏間のような、静かな場所にはめ込まれた「ばら」。
意外な組み合わせだな、と思わず二度見してしまいました。
「キッチン専用だと思い込んでいたけれど、こんな場所にも似合うんだ」
生活の奥に溶け込み、誇らしげでも主張しすぎでもないその佇まいに、
思わず胸がじんわりと熱くなりました。
昭和型板ガラス「ばら」とは?(セントラル硝子製)
「ばら」は、1973年(昭和48年)にセントラル硝子から発売された型板ガラスです。
- デザインの特徴: 石目調のベースに、繊細なバラの花が散りばめられています。
- 機能性: 光を通しながら視線を適度に遮る、絶妙な曇り具合。
- 現状: 現在は製造されておらず、当時の建物を解体するごとに、この世から少しず
つ姿を消しています。
※昭和型板ガラスについてもっと知りたい方はこちら

なぜ「ばら」は、日本のキッチンに愛されたのか
「ばら」が誕生した1970年代前半は、日本の住宅が急速に洋風化へと舵を切った時代です。
「システムキッチン」や「ダイニングキッチン」
という言葉が、暮らしの夢を象徴していました。
1. 「台所」から「キッチン」への転換
ふと思い出すのは、子ども時代の祖母の家の台所。
少し暗くて、どこか閉鎖的な空間でした。
しかし、時代とともに「台所」は明るく開かれた「キッチン」へと進化します。
無機質な透明ガラスよりも、華やかな柄のあるガラスを選ぶことが、
「最新でおしゃれな住まい」の証でした。
2. 美しさと機能性の両立
「ばら」が愛された理由は、そのデザインだけではありません。
石目調のベースは、キッチン特有の水はねや油汚れを目立ちにくくしてくれます。
美しさを保ちながら、日々の暮らしを少しだけ楽にしてくれる。
そんな機能性が、主婦たちの心をつかんだのでしょう。
「豊かさ」の象徴としてのバラ模様
当時の建築士や建具屋さんが、お客さんへ自信を持って
「これがいいですよ」
と勧めていた姿が目に浮かびます。
当時の人たちにとって、
「ばら」は単なる建材ではありませんでした。
そこには、
「これからの暮らしはもっと豊かになる」
という確信と、未来へのポジティブな上昇志向が込められていたはずです。
洋風への憧れ、未来への信頼。
そうした熱量が、ガラス一枚のデザインにまで宿っていた時代だったのです。
消えゆくからこそ、愛おしい
今あらためて「ばら」を見ると、どこか懐かしく、少しだけ切ない気持ちになります。
現在のメーカーでは、まず作ることのできないデザインでしょう。
あの大らかな時代、
「これからどんどん豊かになれる」
と誰もが信じて疑わなかった、あの独特の空気感。
そのエネルギーが、この花柄を生んだのだと思います。
相島の静かな路地で、窓にはめ込まれた「ばら」と向き合いながら、
かつての心豊かな時代に思いを馳せました。
もし古い町並みや島を歩く機会があれば、ぜひ窓に目を向けてみてください。
型板ガラスは、そっと時代の記憶を閉じ込めています。
特に、光が差し込んで石目調の背景にバラが浮かび上がる瞬間は、
何物にも代えがたい美しさですよ。
