遠い記憶の中の「星のガラス」
子どもの頃、あのガラスのことを「ハイライト」と呼んでいた。
正確には、型板ガラスに刻まれた星のような模様のことを、そう呼んでいたのだ。
子どもの頃、なぜそんな名前で呼んでいたのか、自分でもよくわからない。
でも最近、ふとしたきっかけでその謎が解けた。
きっかけは、昭和ガラスの写真を収めたことだ。
カメラロールの散りばめられた星のガラスを眺めていて、「あっ」と声が出た。
型板ガラス『銀河』とは?1967年に誕生した「星の模様」
旭硝子(AGC)から発売された昭和42年のヒット作
この星模様のガラス。
名前は『銀河』というらしい。
名付け親は誰だろう。そう思うと、なんだか胸の奥がじんわりした。
【実例写真】「銀河」の模様の見分け方と、夜空との違い
決定的な違いは、「星の形」と「広がり方」。
銀河(ぎんが)

模様の形: 小さな「点」が集まって、川のような流れ(ライン)を作っています。
特徴: まさに天の川のように、余白(透明な部分)を活かしながら、
光の粒が曲線を描いて流れているデザインです。
夜空(よぞら)

模様の形: はっきりとした「十字(クロス)」の形をした星が散らばっています。
特徴: 記号的な星の形が強調されており、銀河に比べると「点」が大きく、
規則的にキラキラと輝いて見えるのが特徴です。
どんな場所に使われていた?古いアパートや日本家屋の窓辺
1960年代〜70年代(昭和30〜40年代)に大流行したこれらの型板ガラスは、
主に以下のような場所で見られました。
- 日本家屋の窓: 外部からの視線を遮りつつ光を取り入れるため、縁側や寝室の窓によく使われました。
- 古いアパート: 玄関のドアにある小さな小窓や、共同廊下に面した窓の定番でした。
- 室内の建具: 障子の一部にガラスを組み込んだ「スリ上げ障子」や、
キッチンの窓などにも多用されました。
似ている模様「夜空」との決定的な違いは?
一言で言うと、「流れの銀河」か「きらめきの夜空」かです。
- 銀河: 繊細な粒が線状に並び、奥行きのある情緒的な雰囲気。
- 夜空: はっきりした星型がランダムに配置され、ポップで華やかな雰囲気。
このふたつを比較したくわしい記事はこちらから。
銀河ガラスと夜空ガラスの違いは?
もしお近くの古い建物で見かけたら、星が「点」で流れているか、
「十字」で光っているかをチェックしてみてください。
【コラム】私の中では「ハイライト」だった。タバコの星と重なる記憶
父が、タバコを吸っている。とても気に入っていたようだ。
くすんだ空のような色をした青い箱の「ハイライト」。
あの箱の中央には、太陽から放射する光の帯のような、鋭い幾何学模様がある。
子どもの目には、それが窓の星模様と重なって見えていたのだろう。
そしてもうひとつ、私の中に、おかしな記憶もついてきた。
父の「ハイライト」と「セブンスター」が混ざり合った昭和の風景
父は「セブンスター」の包装紙を、どういうわけか几帳面に取っておいて、
私や妹が障子やふすまに落書きをしたとき、その上からそっと貼って隠すのに使っていた。
銀ピカに輝く「セブンスター」の包装紙で、落書きを覆うというおおらかな応急処置。
怒るでもなく、ただ静かに隠す。それが父のやり方だった。
当時、タバコは立派な嗜好品で、お土産としてよろこばれていた。
「ハイライト」も「セブンスター」も、お中元やお歳暮の品として、
あるいはちょっとした手土産として持っていける、ごく普通の贈りものだった。
星のガラス、タバコの箱、落書きを隠す銀紙…。
子どもの記憶の中で、それらがひとつのかたまりになって
「ハイライト」という呼び名になっていたのかもしれない。
記憶というのは、案外そういうものだ。
曖昧で適当で、正確ではないけれど、そのぶんどこか温かい。
昭和の風景:なぜ「銀河」はどこにでもあったのか?
型板ガラス『銀河』が生まれたのは1967年、昭和42年。
高度経済成長のまっただ中。
日本中で家が建てられ、窓が作られ、ガラスが必要とされていた時代。
メーカー各社が競うように新しい模様を生み出した、
いわば「型模様戦争」の時代に、この『銀河』は登場した。
もともと日本の家屋では、外と内を隔てるのは障子の役割だった。
和紙越しに差し込む柔らかな光。
でも時代が変わり、生活様式が洋風化していく中で、障子に代わってガラスが窓を占めていく。
そのとき取り入れたのが
「光を入れながら、外からは見えないようにする」
という、画期的な機能だった。
光を集めて散りばめる型板ガラス「銀河」
光を美しく分散させる、繊細な星屑のようなデザイン
すりガラスでは光が拡散しすぎる。透明ガラスではプライバシーがない。
その点型板ガラスはそのちょうど良い中間で、
模様によって光を乱反射させ、外の視線をやわらかく遮ってくれる。
機能と美しさが一枚のガラスの中に同居している。
『銀河』の星模様は、その役割をとても上品に果たしていた。
主張しすぎず、でも確かな存在感がある。和室にも洋室にも馴染んだ。
だから昭和の日本中の家に、当たり前のように使われた。
そしてもうひとつ、時代の空気というものがあったと思う。
今ではとても想像しにくいかもしれないが、
煙草の煙が漂う茶の間で家族が集まり、窓の向こうから光が差し込んで、
型板ガラスが星のように輝いていた。
あの頃の暮らしは、そういうおおらかさの中にあった。
昭和型板ガラス「銀河」の魅力〜凡庸さという名の「宇宙」
正直に言えば、『銀河』は地味なガラスだ。
型板ガラスの世界には、もっと華やかな模様がある。
大きな花が咲き乱れるものや、幾何学模様が大胆に主張するもの。
そういうガラスと並べたら、『銀河』の小さな星たちは、とてもおとなしい。
でも、光の加減で変わる。
朝、東側の窓に朝日が当たると、あの小さな星々がいっせいに目を覚ます。
キラキラと、でもギラギラとではなく、奥ゆかしく輝く。
夕方にも、また違う顔を見せる。
まるでガラスの向こうに本物の宇宙が広がっているみたいに、深く光る瞬間がある。
「どこにでもある」ということは、「誰の暮らしにも寄り添っていた」ということだ。
特別な家の特別な窓にあったのではなく、
普通の家の、普通の廊下に、普通の洗面所に、普通のトイレに。
そこにあることが当たり前すぎて、誰も名前を知らなかった。
わたしが「ハイライト」と呼んでいたように、きっと、
それぞれが思い思いの呼び名で、あるいは呼び名もなく、
ただ毎日そこにあるものとして暮らしていた。
普段使いの中に宇宙があったのだろう。
現在は製造中止?絶滅危惧種の昭和ガラスを守り、記録するということ
なぜ「銀河」は姿を消したのか?時代の変化と衰退の理由
『銀河』はもう作られていない。
製造中止になった型板ガラスのひとつだ。
サッシの進化やペアガラス(二重ガラス)への移行、カーテンの普及など、
時代の変化で住宅のトレンドが変わったからだ。
古い家が解体されるとき、一緒に砕かれていく。
リサイクルされるか、運が良ければ誰かの手に渡るか。
でも多くは、静かに消えていく。
まとめ:窓の中の宇宙『銀河』を未来へつなぐ
型板ガラスを見つけては、スマホのカメラで撮影しながら町を歩く。
そうすると少しずつ町や路地への目線が変わってきた。
古い民家の窓、商店街の古びた引き戸、お寺の庫裡の廊下。
どこかに「それ」が残っていないかと探してしまう。
見つけると、宝物を見つけたようで少しうれしい。
「当たり前」は、なくなって初めて「宝物」になるのだ。
でもできれば、なくなる前に気づきたい。
そのために、こうして書き留めておきたいと思う。
父の記憶も、タバコの箱も、セブンスターの包装紙も、窓で輝いていた星々も。
それが「今」と繋がっているうちに。
わたしが子どもの頃に過ごしたあの家は、今はもうない。
でも『銀河』という名前を知った今、あの窓のことを、少しちゃんと思い出せる気がする。
もし古い建物や実家を訪れる機会があったら、窓ガラスをじっくり眺めてみてください。
模様に名前があること、それぞれに生まれた年があること。
そう思って見ると、ただのガラスが急に、時代の語り部に見えてきます。
スマホで写真を一枚撮っておくだけでも、十分な「記録」になりますよ。

