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【福間駅周辺】幻の昭和型板ガラス「つばめ」に遭遇!炭鉱バブルの名残を歩く路地裏散策

宮地嶽神社の参拝から始まった、福間駅周辺の路地裏散策

福岡県福間市・宮地嶽神社で毎年夏に行われる「風鈴まつり」のディスプレイ

福間といえば、私にとってまず宮地嶽神社です。

いつ頃から通い始めたのかあまり覚えていないのですが、

境内のディスプレイ(夏は風鈴まつりやってます)や、

季節の花ごとに変わる手水舎がとてもきれいで

「今月はどんな顔をしているだろう」

と訪れるのが楽しみになっています。

最近この毎月の個人イベントに、あらたな楽しみが加わりました。

その名も「福間ひとり散策」。

宮地嶽神社行きのバスを待つ時間がもったいないので、その時間を利用して、

福間駅周辺の住宅街をぶらっと散策することです。

好奇心を満たしながらリフレッシュできる、しかも日頃の運動不足解消もできて、

自分にとってちょうどいい時間の使い方。

前回少しだけ散策したのですが

「これは掘り出し物の街だ」と感じてしまったので、

もはや欠かせないコースになりつつあります。

もう、楽しすぎる。

福間駅海沿いの道路。昭和住宅がまだ残っている。

昭和型板ガラスとトタン壁の家々から紐解く、当時の住宅事情

駅から少し入った住宅街を歩き始めると、私の中の「昭和型板ガラスセンサー」がめちゃくちゃ反応しました。

福間駅海沿いのトタンと木の枠と昭和ガラス

昭和ガラスが残っているお宅が、想像以上に多いのです。

そしてもうひとつ目を引いたのが、トタンのつぎはぎ壁。

海のそばという立地柄、

塩害でダメージを受けた部分だけ板を交換していったのかな、と最初は想像していました。

ただ、トタン壁は福間だけの話ではありません。

海から離れた福岡市の美野島や住吉地区を歩いたときにも、同じようにトタン壁をよく見かけました。

そういえば東区箱崎もトタン壁が多かった。

つまり、塩害だけが理由ではない。

おそらく共通する背景は、戦後の混乱期から高度経済成長期にかけての人口爆発だと思っています。

日本中で建物が急激に足りなくなり、当然ながら木材も不足した。

そこで、安くて・軽くて・素人でも組み立てやすいトタンが重宝されたのではないでしょうか。

錆びた部分だけ交換しながら、長年使われてきたであろうつぎはぎの壁。

その色や素材のばらつき具合は、補修の歴史がそのまま刻まれているようです。

当時の住宅事情を覗き見しているようで、歩いていてワクワクします。

福間駅海沿いの廃墟。錆びたトタンの壁。2階の窓は、昭和ガラスのつぎはぎ感がリアル。

炭鉱バブルの面影を残す、ひっそりとした福間の町屋造り

路地裏に入ると、町屋造りの建物もちらほら見えてきます。

福間駅海沿い、おそらく元酒屋町屋造りの扉

「前はなんのお店だったのかな?」

と思わせる造りの建物もかなり多く、気になって後から調べてみたところ、

福津市周辺は高度成長期と炭鉱バブルで大いに栄えた地域だったことがわかりました。

お隣の飯塚市や直方市といった筑豊炭鉱で採れた石炭を運ぶ、重要な拠点だったのです。

なるほど、だからこんなにお店の跡が多いのか。と納得しました。

その頃は、たくさんの人とお金が行き来していたのでしょう。

今は静かな住宅街ですが、路地の奥に目を凝らすと、

かつての賑わいの残像が見えてくるような、そんな気がします。

福間駅海沿いの廃墟。おそらく以前がたくさんの従業員を抱えた新聞特売店ではないか。

奇跡の遭遇!倉庫の窓に眠る幻の昭和型板ガラス「つばめ」

路地の奥をゆっくり歩いていると、昔の住宅がちらほら現れてきました。

福間駅海沿いの廃墟。木の枠、それぞれに昭和ガラスの燕とみやこがあった。


今は人が住んでいないものが多く、倉庫代わりに使われているようです。

どれも個性的で、見ていて飽きません。

そんな倉庫がわりの家屋のひとつに目をやると、

窓に2種類の昭和ガラスがはめ込まれているのが見えました。

片方が割れたので、

建材屋に在庫があったガラスを適当に補填した——そんな経緯が目に浮かぶような組み合わせです。

1枚は「みやこ」。

以前どこかで撮影して名前を調べていたので、すぐにわかりました。

そして、もう1枚を見た瞬間、思わず「おおっ!」と声が出てしまいました。

「つばめ」です。

ネット上では「ほぼ見られない」と言われている、幻の昭和型板ガラス。

実際私も初めてお目にかかったので、びっくりしました。

こんなところにあるなんて、みたいな。

「つばめ」は1968年(昭和43年)にセントラル硝子から誕生したパターン。

細かくざらついたガラスをベースに、つばめが空を飛び交う様子が型押しされています。

春になって、ひな鳥たちが飛ぶ練習を始めたような、やわらかい動きのあるデザイン。

写真では見ていましたが、実物は光が当たるとつばめの輪郭が優しく浮かび上がって、

想像以上に繊細な美しさでした。

昭和型板ガラスで鳥モチーフはあまりなかった気がします。

それが、倉庫の古びた窓枠の中で、ひっそりと光を透かしていました。

「つばめ」が呼び起こす国鉄の記憶と、福津市の歴史

「つばめ」というガラスを見ると、私は世代的にどうしても国鉄を思い出します。

昭和型板ガラス「つばめ」1968年(昭和43年)にセントラル硝子製

特急「つばめ」が走っていた時代。

石炭を運ぶ列車が各地を結んでいた時代。

福間駅のある福津市は、まさにその時代の恩恵を受けた街です。

筑豊炭鉱の石炭を海へ運ぶための中継拠点として機能し、

人や物資が絶え間なく行き交い、活気づいていました。

しかし、1960年代のエネルギー革命——石炭から石油へのシフト——によって、

炭鉱の街は少しずつ衰退していきます。

ここで重要なのは、

「衰退した」ことが、ある意味でこの街の景観を守ったという逆の考え方です。

大きな経済的需要がなくなったため、劇的な再開発が行われなかった。

その結果、昭和型板ガラスのある住宅や、

町屋造りの建物が、奇跡的にそのまま残ったのです。

まるで、町ごとタイムカプセルの中に入ってるよう。

路地裏で「つばめ」に出会えたのも、

そういった歴史の積み重ねがあってこそだと思うと、なんとも感慨深いものがあります。

まとめ:消えゆく昭和レトロの「味」をゆっくりと楽しむ

今回の散策でも感じましたが、福間駅周辺にも確実に都市開発の波は押し寄せています。

福岡県福間市駅付近。重機のアーム

新しい建物や整備された道路は、暮らしやすさという点では文句のつけようがありません。

便利で清潔で、機能的です。

ただ、あくまで私個人の感覚として——。

新しいものは、味のしないジュースに少し似ていると思うことがあります。

すっきりしていて飲みやすいけれど、後から何も残らないし、味も思い出せない。

古いものを愛でる時間は、それとは逆で、

いろんな雑味や甘みをゆっくり確かめながら味わうような感覚があります。

正解のない、その人なりの楽しみ方があっていい時間です。

「つばめ」のガラスを見上げながら、そんなことを考えていました。

次回はレンタサイクルで津屋崎方面へ向かう予定です。

津屋崎は「津屋崎千軒」という歴史ある街並みが残されてます。

もしかすると、また、道すがら私の大好きな昭和の風景に出会えるかもしれません。

海沿いを自転車で走りながら、どんな昭和の痕跡に出会えるか。

今からとても楽しみにしています。