昭和型板ガラス「古都」との出会い

散歩道で、ふと足が止まった。
それは、休日の昼下がり。
なんとなく足がむいた近所の古い町並み。
細い路地を歩いていた時のことだ。
木造の外壁や年季の入った昭和の家々が建ち並ぶ、どこか懐かしい
そんな場所。
私は昔からこういった場所を見つけてはその場所独特の空気や佇まいを楽しみながら歩くのが好きだ。
そんな場所は時が止まっているのではない。
時間の流れがほんの少しだけ、ゆっくりしている。
その日もスマホを片手にぶらぶらしていると、ある民家の窓ガラスに目が吸い寄せられた。
現役の住居だったため、
ご迷惑にならないようにと少し離れた場所からそっとズームで撮らせていただきました。
家に帰ってカメラロールに映し出されたその模様を見た瞬間、私は胸がときめいた。
「古都」が持つドット絵のような幾何学美
昭和型板ガラス「古都(こと)」。
型板ガラスのくわしい記事はこちらからです。

大小さまざまな正方形・長方形が、バラバラと画面いっぱいに散らばっている。
規則的なようでいて、どこか不規則。
整然としているようでいて、どこか有機的。
そしてどこかで見たことあるような…?と、思わせる既視感。
写真を眺めながら
「なんかこれどっかで…あっ!」
ふいにあるワードが頭の中に降ってきた。
ドット絵だ。
昭和の職人が手仕事で生み出した模様が、まさかピクセルアートとは。

時代を超えた偶然の一致が、なんとも不思議で、どこか面白くも感じる。
昔からかすりなどの織物の模様で四角いデザインを用いたパターンは存在していたが、
それを窓ガラスのデザインにとは。
きっと、当時斬新だったのかもしれない。
実物の「古都」の質感は、写真越しでも伝わってくるようでした。
光を受けてきらりと輝く凹凸は、どことなくメタル感がある。
指先で触れたら冷たく硬質な感触がするだろうガラスの表面。
朝の柔らかい光の中では白金のように輝き、
夕暮れ時には黒い影が深く沈むのではないかと、勝手に想像が膨らみます。
今までいろんなデザインの昭和ガラスを見てきたが、『古都』はこれまでのデザインとはどこかが違う。
そんな気がした。
他の昭和ガラスたちに比べると、どこか無機質さが際立っている気がする。
なぜ昭和の家は「四角形」を愛したのか
直線に宿る、様式美
型板ガラスの世界には、四角形をモチーフにした柄がいくつか存在します。
「かるた」「のみち」「しきし」「元禄」
—どれも昭和の和風住宅に溶け込んでいた、親しみ深い顔ぶれ。
私の祖母の家も部屋ごとに違うデザインの昭和ガラスがあった記憶があるが、上のどれか1枚はこの中にある。
なぜ、四角形がこれほど好まれたのでしょうか?
私が思うに、四角は「和」基本単位なのだと思います。
畳の縁、障子の桟、欄間の格子、千代紙の柄——
当たり前に見えている光景だが、
日本の暮らしは、古来よりこのような四角形の繰り返しで
「計算された美」
を生み出してきたのだろう。
昭和ガラス「古都」に込められた思い
「古都」という日本人になじみ深い名前に込められた名前そのものが、
その精神をまっすぐに体現しているようで、なんとも腑に落ちます。
記録しなければ、消えてしまう。
実際、この近辺でこのガラスを見かけたのは、この一軒だけでした。
古い家が壊され、新しい建物が建つたびに、昭和のガラスたちはひっそりと姿を消していきます。
名前すら知らないまま消えていったガラスたちもきっと多いのかもしれません。
だからこそ、こうして写真に残し、名前を調べ、言葉をつむぐことに意味があると思っています。
日常に潜む、小さな宝物
特別な場所に行かなくても、宝物は足元に転がっています。
いつもの散歩道に、昭和のガラスが静かに息をしている。
そのことに気づけた日は、なんだか一日が少しだけ豊かになる気がします。
みなさんのご近所にも、
「古都」に出会える窓が、まだどこかに残っているかもしれません。
昭和ガラス探しは、急がないのがコツです。
目的なくふらふら歩いていると、向こうから
「ここにいるよ」と声をかけてくれることがありますよ。

